「星を楽しむ」ということ

しばらくブログを更新できませんでした。

書きたいことはいっぱいあったのですが、「文章」という形にするのに迷いがあって。

それでも、私が星や宇宙について、何か「書く」ことを楽しみにしてくれている方がいて、応援してくれる方がいる。それが本当に嬉しかった。

 

星を見ていても、文章にしないこともあります。ひたすら星雲・星団の導入練習をしているときや、短い時間しか見られなかったとき。「ブログ」という形を取っている以上、自分が「伝えたい!」と思うことが無ければ、当然、形にすることはできません。

それに人生にはいろんな時があって、じっくり時間をとって見られないこともある。仕事が立て込んでいたり、子育てに忙しかったり、生活のスタイルが変わったり。

では、その人たちは「星を見ていない」のでしょうか。

 

そんなことはない、と私は思います。

 

一度でも星の魅力にとりつかれた人は、どんな時でもその人のスタイルで、夜空を見上げているに違いない、と――――

 

一日を終えた職場の駐車場。

子どもを塾に送っていく帰り道。

ご近所に回覧板を持って行く道すがら。

ふさいだ気持ちを抱えた部屋の窓。

家族の帰りを待つ玄関先。

 

例え短いひとときでも、毎日でなくとも、それぞれがそれぞれのライフスタイルの中で、星を愛し、見上げている。ささやかであったとしても「生活の中で宇宙を感じている」ことが、翌日を元気に過ごすためのエネルギーになっている人も多いかもしれません。

 

最近、お子さんが生まれたある方が、私のブログを読み、感想を寄せてくれました。昔は星を見るために遠征したりとアグレッシブに動いていたけれど、子どもが生まれ、最近はなかなか星見ができていないとのこと。それでも、星へのワクワクが色あせることはなく、いつか大事なわが子と宇宙を楽しみたい、と。

今、具体的に行動することはできなくても、星への気持ちは心に存在し続けている。だからきっと、もう少し時間ができたら、その方は自分と、そして最愛の子どもさんたちと星を見上げるようになるでしょう。そしてその星への思いが親から子へと継がれていく――――とてもステキなことだと思います。

 

地球に住む人類の数よりも、圧倒的に多く、悠久の時間を生きてきた星たち。

それを「こう楽しんだほうがいい」なんて、私たちに決める権利はありません。

 

それぞれが、それぞれの形で星を楽しんでいく。

誰かに迷惑をかけない限り、その方法は自由だと思います。

 

「星座は結べないし、望遠鏡も無い。だけど、星を見上げることが好き。」――――私が大事にしたいのは、誰かの心に宿ったその気持ち。

 

その気持ちを決して消さないよう、むしろ「いろんな楽しみ方があるんだな」というのを、ここで感じてもらいたい。それが私の願いです。

 

さあ、まもなく梅雨明け!

夏の星たちが、あなたに見つめられるのを心待ちにしています!

 

 

 

 

 

 

 

「星を楽しむ」ということ” に対して6件のコメントがあります。

  1. そら より:

    5月に行った立山室堂の雪の大谷の10数mの雪の壁の底から見上げる星空。
    これが僕の中では究極の贅沢な時間、至福の時でした。
    双眼鏡は持っていましたが、でも寝転がって見上げるだけで幸せになれますね~。

    標高が高いためにビールがよく回り、酔っ払って8時ころにホテルの部屋を出て0時過ぎまで戻りませんでした。その間に部屋で待つ奥様から「寝てない?生きてる?」と1時間おきに生存確認の電話がかかってきました。申し訳けないとは思いつつも「もうちょっとで天の川が見えてくる」と思うとなかなか戻る決心がつきませんでした。
    しかしその間誰一人として星を見に来る人がいなかったのが残念、星が楽しく見れる話をしたかったのになぁー! 小っこいことなんてどーでも良くなるほど宇宙は大きいのにね!

    1. ナツ より:

      きっとたくさんの星が見えるすばらしい夜を過ごされたんですね(*^_^*)
      そらさんが言われるとおり、自分と宇宙が対峙している時が一番幸せだと私も思います!
      人工の光が無い時代には、どんな星空が見えたんだろうと時々想像したりします。
      天の川なんて、何度も何度も見ているのに、それでも恋い焦がれるように、待ち伏せしてしまう。
      その美しさ、スケールの大きさ・・・感じ方は人それぞれだけど、同じように「きれいだ」と
      感じてくれる人がいるだけで、幸せな気持ちが膨らんできます。
      ゆっくりと星空を味わいながら、静かなひとときを過ごす・・・自分が宇宙に溶け込んでいくような
      至福の時間!大きな心で宇宙を楽しんでいきたいです!

  2. Mikunopolis より:

    人生なんて、所詮浮世の世界での儚い出来事。 宇宙の時の流れから見れば、人の一生
    なんて蜉蝣よりも儚いものでしょう。
    でも、折角この世に生を受けたわけですから、人様に迷惑を掛けない範囲で思いっきり
    楽しまないと損ですよね。

    若い頃は人生有限である事に随分と恐怖しながら過ごしていたものですが、半世紀も
    生きてると、不思議と人生を逆算しながら暮らせるようになってくるものです。
    近い将来、日向ぼっこしながら暮らすようになった時に、「あぁ、あの頃にやっておけば
    良かった」とか、後悔しながら余生を過ごすようにだけはならないように。。。

    と強く思う昨今。 故に来月は魂の洗濯に行って来ま~す♪
    (という自分に対する言い訳・笑)

    1. ナツ より:

      本当にそうですね!人がどうこうではなく、自分が後悔しないかが大切。
      やりたいことはやっぱりやりたいし、行きたいところには、やっぱり行きたい!
      これまでも、これからも、私は自分のそのスタイルを貫きながら、そこで出会う人たちを
      大切にしていきたい、そう思います。

      魂の洗濯、大事ですね!!!感想、ぜひ聞かせて下さい☆
      私もワクワクしながら楽しみにしています(*^_^*)

  3. inou母 より:

    久し振りのブログの更新、嬉しいです。私の星空観望も10年めに入りました。暗い空で、大口径で銀河団を楽しんだり、メシエマラソンにチャレンジしたりしてましたが、体調不良により、遠征回数も減り、年のせいか、おぼえてたこと(機材、天体現象、好きなはずの天体の場所、現在進行形の月の地名などおぼえにくい)、忘れる事も多くなりました。でも、毎夜することは、さそり座、はくちょう座みえてるかな?と玄関でて、星空見上げる事です。月が出ていれば、色合いを見ることです。ここから、始めようは、すばらしい提案です。たまに観望会に参加すると、女性、子供づれ、恋人同士と、裾野は確実に広がっています。

    1. ナツ より:

      inou母さんが毎夜おこなう星探し、それって本当にステキなことだとですよね!
      「今日はよく見えているな」「雲がかかっているかな」・・決して特別なことではなくても、
      そうやって1日の中で星を気にかけ、星と対話するひとときがある人は、
      本当に星を愛している人だと思います!
      私も晴れた日は必ず星を見上げています。今、この瞬間、どれだけの人がどんな思いで星を見ているんだろうと考えたり、想像したりしながら。
      こうやって、同じように星を見ている人たちの心が、少しでもおだやかで、豊かな時間になりますようにと
      願わずにはいられません。
      宇宙を前にすると、不快な心がすうっと消えていく気がします。
      小さいことにとらわれず、相手の興味が深かろうと浅かろうと、少しでも星に心を動かされた人がいれば、少し背中を押してあげたい、そう思います。

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